特別企画

禅料理(栃木県・大雄寺)

禅料理 座禅を組み、住職の話に耳を傾ける。世俗から抜け出た気分になる。そんな静かな心で、白粥を中心にした簡素な膳に向かう。これも精進料理の醍醐味だろう。
栃木・那須高原にある黒羽山・大雄寺の「禅料理」を訪ねた。



境内に足を踏み入れると、一瞬懐かしさが込み上げてくるのは、本堂から座禅堂や庫裡廻廊まですべて茅葺き屋根だから、茅葺き屋根の家で暮らした自分自身の少年時代にタイムスリップした感覚とでも。言おうか。
庭のいたる所にボタンが植えられ、五月上旬には見事な花を咲かせるので、「ボタン寺」の呼び名がある。この寺では座禅を行う者にだけ、昼食として「禅料理」を出している。料理もまた修行である禅寺だけに「訪れる方がわずかな時間でも禅の世界に浸りその1つとして料理を昧わっていただきたい」という倉澤良裕住職の考えからだ。

座禅や法話の後に出てくる料理は、いたってシンプル。粥(しゆく、と読む)・生ゆばの葛あんかけ・ごま豆腐などが並んでいるだけだが真ん中にある小鉢の中の淡いピンクの一品がやけに目を引く。箸をつけると、酸っぱさと爽やかな甘さが口の中に広がっていく。サクサクとした歯ごたえもいいが、なにせ少量、一体何だったか分からない。
「この寺はボタンで知られていますので、その花びらを酢の物にしてみたんです」と住職。漢方薬の世界ではボタンの根が血行促進などに効果があると言われるが、花びらも何か薬効があるのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。「咲き誇った花が盛りを過ぎて散る寸前に、色合いのよいものを摘んで、30分ほどゆでてアクを抜き酢の物にします。花びらのほどよい厚さがないと歯ごたえがでませんから、選ぶのは結構難しいですよ。もちろん散ってしまったものはだめですし」料理を前にして奥さんの与志枝さんがそう話してくれた。五月に摘んだ花びらは保存して、一年中出せるようにしている。保存方法や味付けについて尋ねると「申し訳ありませんが、それは寺の秘密ということで…」との返事。

黒羽山・大雄寺 この寺は応永11年(1404)に別の場所に創建され、天正4年(1576)に当地の黒羽藩主・大関家が開基となって建立された、現在のものは当地に移築。その当時から法宴の席などにこの料理があったという話が伝わっているほどの伝統を持つとすれば、秘伝といわれても仕方があるまい。
「酢と、レモン汁、この甘さはハチミツかな…」などと自分であれこれ考えるのも楽しいものだ。ごま豆腐も変わっている。普通はごまより分量を多くする葛をごまの半分に抑えているので、その分ごまの昧と香りが強烈。葛が少なく練っても固まりにくいから、作るのも大変だろう。粘り気が少ないごま豆腐らしからぬあっさりした昧わいだ。粥はかまどに火をおこして炊く本格派で、ごま塩をかけて食べる。葛あんかけの生ゆばは「日光ゆば」で知られる栃木という土地柄ならでは。住職は「ごま.豆腐用に裏ごしした後のごまの皮などのカラも捨てずに、漬け物樽に混ぜ込んだりと、材料を無駄にしないように考えています」と、「素材の切れ端一つも粗末に扱わない」精進料理の基本精神にも触れる。
ボタンの花の酢の物も、その精神からくるのだろうか。盛りを過ぎれば地に落ち命が尽きてしまう花びら。それを寸前で救い、文字通り「膳に花を添える」。一品として新たな命を吹き込むのだから。

ページTOPへ