特別企画

山菜料理(石川・岩倉寺)

山菜料理 奥能登輪島。漆器で知られるこの町にある岩倉寺の山菜料理は僅かだが魚や肉も使うという。なにも目の前の日本海で獲れる海の幸が豊富だから使おうといったことではないらしい。そこには精進料理ゆえの配慮があり、「なるほど」と納得してしまった。


JR七尾線で能登半島を北に進むと、和倉温泉から先は能登鉄道だ。終点の輪島近くには、わら葺き屋根の家もあったりして、その軒先をかすめるようにゆっくり進む。気分は自転車で裏路地を走っているよう。無人駅に停まった列車の目の前を猫が横切るあたりはご愛敬。輪島からさらにバスで50分。奥能登の霊峰・岩倉山の中腹に境内が見える。

先代住職が戦前から始めたという自慢の山菜料理。素材はすべて一二三隆泉住職はじめ全員が、このあたりの山野で摘んでくる。
タケノコのつくねや木の芽和え、ワラビの和え物、ゼンマイの煮物、フキやコンブの炊き合わせ、季節の花のゼリーなど、質素だが魅力的な品が並ぶ。中でもつくねは面白い。食べた瞬間の歯ごたえと濃厚さはまさに「肉団子」を食べているかのよう。なのに直後に口の中いっぱいにタケノコのあっさりとした風味が広がる。その対照的な味わいが強烈な印象だ。

精進揚げは山野草はもとよりツバキ・ツツジ・アカシア・フジなど季節の花の姿も。赤白、紫などの花びらが華やかさの演出に一役買う。いかにも花らしい甘味も特徴的だ。
山野草をおいしく味わうにはアク抜きが肝心。ワラビなら灰を入れた湯に一晩浸ける。ゼンマイはゆがいて揉み、乾燥させて翌年まで待つ。1年がかりのアク抜きでおいしくなる。そして水がいい。この山で湧くおいしい水が料理を一層引き立てるのは間違いない。

さてこの料理、全体に濃いめの味付けで、薄味文化の関西に近い石川だけに、やや意外な感がしないでもない。「奥能登まで来るとさすがに雪国だし、濃い味が好まれるのだろうか」などと思っていると、住職夫人で料理を仕切る良子さんは、私の心の中を見透かしたようにこんな答えを返してきた。「ここらは漁師町ですから海での安全を析る漁師の方の参拝が多いんです。そういう人の食事ですから、意識してこのくらいしっかりした味付けにしないと満足してくれません。どちらかと言えば関東系ですね」なるほど、日本海の荒波の中で仕事をする人向けとあらば納得がいく。岩倉山は、古くから漁師にとって灯台の役割を果たしてきたのだという。
雲母を含む岩肌が、沖合から光って見え、時化に苦しむ漁師を救ったという話も伝わっている。海で働く者たちの心の灯台が岩倉山であり岩倉寺だというわけだ。
だから漁師という職業に配慮して、タケノコの木の芽和えにイカを入れるなど、魚を使ってみたり、つくねに鶏肉を僅かに混ぜてボリューム感を出したりする。その配慮に海の男たちは喜ぶ。

岩倉寺 「慈悲の心」が精進料理の基本なら、魚や肉をこんな風に使う心配りは、むしろその精神にかなうと考えるべきか。
駐車場の奥の山門から石段の参道が続く。200段くらいはあるのだろうか、途中から息が切れるほど。10年前に山門横から境内まで車が通れる道が出来たが、それまでは何もかも背負って石段を登った。「自給自足でしたね。一番大変だったものですか? プロパンのボンベですかねえ、あれは重かったから…」などとこともなげに言う良子さん。それもこれも、ひとえに「慈悲の心」ということかも。そういえばこの寺の本尊は「千手観音」だ。その千手とは無限の慈悲と救済を形にしたものなのだ。

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