特別企画

精進鍋(高野山・遍照尊院)

精進鍋 冬になるとやっぱり温かい鍋が恋しくなる。「精進料理の鍋なんて野菜ばっかりだろうし……」などと言ってはいけない。心身ともに豊かになれる鍋料理に必要なのは、素材以上の工夫と心配り。そんな鍋を求めて、和歌山の高野山に上った。


素材の工夫で十分な満足感
空海が弘仁7年(816年)に開いた高野山。標高約800メートルもの山上、東西5.5キロ、南北2.3キロ、周囲15キロの盆地に100を越える寺をはじめ、町役場、商店街、小学校から大学まである町が形成されている。訪れたのは遍照尊院という寺。

精進鍋は一人ずつ小鍋で。マツタケやシイタケ・白菜・春菊・豆腐・くずきりなど具だくさん。コンブだけでとったダシ汁に醤油であっさりと味つけしてある。
「肉や魚が入っていないので、鍋物としては寂しいかな」などといった心配はご無用。鍋の真ん中で、野菜を座布団代わりに敷いて座っている生麩入りの油揚げやもみじ麩、生ゆばなどの独特な歯ごたえや油っこさが、野菜中心の「軽い味わい」に重みを加えているので、十分な満足感がある。高野山には生麩と生ゆばを作る業者がいるため、出来立ての物が手に入る。そこでいろいろな料理に使われており、この鍋もその典型。単に野菜の水炊きではない。

「春寒」は高野山の顔だという。冬場雪に覆われるだけに素材が乏しくなるため、かつて早春の頃には冬の間保存しておいた乾物を利用した料理をメインにしていた。それが春寒で、本来は「筝羹」。筝はタケノコ、羹は「あつもの」つまり熱く煮た吸い物のこと。
「春はまだ寒い時期の品ということで『春寒』の名がついたのです。現在はそれを年間通じてお出しするようになっており、季節を超えた膳の主役になっています」副住職の目黒寿典さんが、名前の由来を説明してくれた。1年中膳に上るだけに、器に盛られた高野豆腐や麩まんじゆうなどを、季節折々の山野菜の煮ものが囲んでいる。

昔、高野山の宿坊で作り始めたため、その名が広まった「高野豆腐」。豆腐を凍らせた後に乾燥させたもので、以前は冬の寒さを利用しただけに、東北や長野でもよく作られた。東日本では「凍み豆腐」の名前で親しまれているのはご存じの通りで、ダシ汁で戻した甘みを含んだ昧は、野菜との炊き合わせには欠かせない。豆腐だから高たんぱくで脂質に富み消化も良いという頼もしい素材。
そば寿司の姿もある。ノリの上にゆでたそばを広げ粟麩や高野豆腐をはじめ、みつばやシイタケなどを芯に巻く。ポキポキしたそばの歯ごたえと、ロの中でまとわりつくような粟麩という、相反するとも言える持ち昧が混じり合う楽しさがいい。そば寿司は米のとれない地域で始まった「代用品」だとも言われるが、この楽しさは代用品の域を超えているような気がする。

遍照尊院 真言宗の総本山という土地柄、全国各地から信者や観光客がやってくる。「お客様の住む地方によって、お出しする料理を少し変えてみたりもしています。東日本の方には、精進揚げの中に納豆のシソの葉巻きを加えてみたりして、結構喜ばれています」
四季の変化を膳に映す心配りも忘れない。春には豊富な山野草。秋にはキノコ、時に豪華なマツタケ尽くしも。そして秋から冬、早春にかけての精進鍋と、もてなしの心にあふれた膳。
その後何度となく、鍋とそば寿司の再現を試みている。生麩の入手がやっかいなのが多少もどかしい気もするが、何度食べても飽きのこない昧だ。

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