特別企画

扇こんぶ(静岡・可睡斎)

扇こんぶ 食事をしていて「おいしい」と思うより先に「ホッとする」瞬間がある。「甘さ」に触れた時だ。「甘味」にはそんな魅力があるように思う。
しっとり」「ほんのり」さまざまな甘さが印象に残る。静岡・万松山可睡斎の料理は、そんな優しさに満ちあふれた膳というところだろうか。



「土地の人にとって慣れ親しんだ味つけです。全体に濃いめかも知れませんが、意識して甘めに仕上げている訳でもないんです」寺へ来て8年になるという山本明稔さんはこう言う。彼が料理の担当だ。
飛龍頭や野菜の煮もの・ほうれん草のごま和え・きのこやこんにゃくの白和え・黒豆のふくめ煮・おでんなど、煮たり和えたりしたものが中心。いずれもみりんや砂糖の甘味が印象に残る仕上がり。ごま豆腐もわさび醤油とかではなく、三河の赤みそにみりん・酒・ゆずの粉を加えて練ったタレを添えている。これは当然こってりした甘さ。

きのこをはじめ季節の山野菜や油揚げなどのまぜご飯は、みりんの風味がほんのり漂う。このかすかな甘さが、食べる者の心をなごませてくれる。隣の吸い物は、こんぶダシに薄いしよう油味のあっさり仕立てで、具は手まり麩と、とろろこんぶで包んだそばの実という凝った演出だ。
「優しい」と言えば、もう一つ。私の目の前にある膳には揚げ物がない。精進料理というと山野菜の精進揚げ中心に揚げ物が欠かせないかのようなイメージがある。植物性の素材に限られるだけに、むしろ積極的に油を使う側面もあると聞く。それが見当たらない。いや、よくよく見ればあった。こんぶのから揚げだ。
 松の葉を擬した細長い「松葉こんぶ」と、細切りこんぶ数本の一方を束ねて、他方を広げて扇に見立てた「扇こんぶ」。扇の方は赤・黄・縁などカラフルな粒状のあられがたくさんついていて、見た目にも美しい。

万松山可睡斎 松葉の方は結構こってりしているが、扇の方はあられが中和剤的な役割を果たすのか、意外にあっさりしている。いずれもサッと油に通すだけだが、カリカリした歯ごたえが楽しい。とりわけ扇こんぶはあられの色を損なわないことが肝心。以前は蛇腹状に編んだ「蛇腹こんぶ」だったが、1年半ほど前から今のものになった。
煮ものにある飛龍頭、いわゆるがんもどきそのものは、作り方から言えば揚げ物だが、ほかにはこのこんぶだけ。体にも心にも優しい料理という言い方も出米そうだ。

「寺の精進料理と言うと『堅苦しい』と考える人が多いかも知れませんね。でも私たちは、形式にとらわれず、誰もが気楽に昧わえるようなものを、と心掛けています」だから、精進揚げに向いた素材が手に入れば作るし、そうでなければ無理する必要もないということなのだろう。
「まだまだ未熟ですが、『この寺ならでは』と喜んでいただけるような品を作り出していきたいですね。私たち僧侶にとって、料理も大切な修業ですから」自然体の中にも、熱っぽい言葉が返って未だ。

戦国期、寺の11代住職が幼い家康とその父を戦乱から救い出した。後に浜松城主になった家康に招かれた席上、住職が居眠りしたのを、家康は「親密の情」と喜び「和尚睡る可し」と言ったことからついた可睡斎の名。料理だけではない、寺の名前さえ優しさに満ちている。

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